第10章 親鸞聖人の信心と行に対する考え

第10章 親鸞聖人の信心と行に対する考え

親鸞聖人の信心に対する独特な考えを理解することは、聖人が仏教思想と経験の歴史、並びに世界の宗教史へなされた貢献を評価するのに不可欠です。聖人のユニークな解釈は、比叡山上の天台宗の出家者としての修行に多彩な勤めを二十年間熱心に続けられた後も、悟りに到達出来なかったことからくる宗教的な挫折感に基づいています。浄土教伝統の他の人々と異なり、親鸞聖人は、ご自分の体験が思想を作り上げた点で特異です。悟りに到達する過程で、信心の果たす役割を理解するのに成し遂げた聖人の業績は、阿弥陀仏の慈悲の本願に基づいた精神的な解放を個人的、宗教的に経験するのに必要な、全世界的な教義の基盤を作り上げることでした。

親鸞聖人は、阿弥陀仏が慈悲をもって衆生を抱いてくださることを確信されたご自身の経験が、一般大衆および僧侶の両者に普遍的に適用出来ると見なされました。聖人は、念仏が本質的に現実を最も高度に示し、阿弥陀仏の慈悲および知恵を表し、阿弥陀仏に抱かれることを目の当たりに見るものであると理解されていました。念仏は、人間の努力あるいは、当時の出家仏教の高名なエリート主義の修行で表わされる救いを求めて努めることすべてに取って代わりました。

親鸞聖人は、大経に基づかれて、念仏(仏のみ名を称える)は、私たちに究極の悟りを保証して下さる、仏の本願を信じなさいという阿弥陀仏の願いとして、その重要な意味を明らかにされました。聖人にとって、念仏は、単に、浄土教の教えを出家制度下の程度の低い役に割り当てた易行の従来の概念によって示唆されるような、精神的に弱い立場の人々のための修行ではありませんでした。むしろ、念仏は、社会的或いは宗教的立場、能力や他の偶々の受けた制限に関係なく、人々すべてにとってこの上ない真実でした。

阿弥陀仏が無条件に私たちを抱いて下さると個人の心の中で確信するのに、親鸞聖人なりには、異常な宗教的努力や普通以上の体験を必要としませんでした。また、聖人は、念仏を悟りへ到達するための功徳とか手段の源とする、従来の仏教感覚での善行あるいは修行とも見なしませんでした。[訳者、「念仏は行者」のために非行・非善なり。」 歎異抄、第八条]。むしろ、聖人は、み名を称えることを、阿弥陀仏の私たちの心の中でのおはたらきのあかしや表れとして考え、仏陀の慈悲を私たちが感謝する気持ちに形を与え、そして、私たちの日常の生活を通じてその慈悲を共有する理想を下さいました。

したがって、親鸞聖人は、信心は、全く無条件に分け隔てなく与えられる 阿弥陀仏の真実の心の贈り物であると認められたことで、宗教および宗教的信心の意味を事実上変えられました。聖人にとって、念仏は真実であり、実在するものです。それは、念仏が阿弥陀仏の慈悲および知恵の現実の姿を具体的に表し、シンボルになっているからです。

親鸞聖人のお考えの基はご自身の経験にありました、つまり、どんな厳格な修行と人の精神および心を清める努力をしても、従来の仏教が理想とする自己完成が要求する清らかさと真心をもって修行することは出来ないだろうということでした。ご自分が精神性の点で無能であると考えられた結果、親鸞聖人は、阿弥陀仏によって自分が救われないのなら、誰も希望がないと考えておりました。このような見解は、善導大師が創始された、二種の深い信心に関する教義に則ってとられたのです。

この見解では、信心は、自我執着の深さおよび私たちを生と死の輪に永久に結び付ける煩悩を合わせて認めることです。同時に、それは私たちが阿弥陀仏の誓願を通じて救われるという確信です。そのような教義上の要件は親鸞聖人以前の仏教伝統にありましたが、聖人は、ご自分が天台宗修行の目標に到達できなかったことを通じて、これらの考えに非常に個人的な意味を与えました。聖人は、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、」(http://www2.hongwanji.or.jp/kyogaku/database.htm 『浄土真宗聖典』聖教データベース、顕浄土真実教行証(現代語訳:「果てもない愛欲の海に沈み、名声と利得の高山に踏み迷いながら)」[(「日本の名著6、親鸞聖人」、石田瑞麿編・訳 281頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)]と、教行信証の中で表明されました。聖人は、また、どんな修行も出来ないと感じられましたので、「とても地獄は一定(いちぢやう)のすみかぞかし」(現代語訳、「永遠に地獄にいるより仕方がない身なのであります。」梅原猛校注・現代語訳 歎異抄 講談社昭和五二年第11刷発行)と言われました。ご自分自身の体験から、聖人は、すべての生きとし生けるものの生活でしみ込んだ色々な煩悩が強く、避けられないことをを深く知っておられました。これらの煩悩は、宗教的修行で無くそうと熱心に努力すると、かえってより強くなります。他の高僧らもこのような苦労を経験しましたが、親鸞聖人の結論には到達しませんでした。

ゴータマ仏陀は、悟りに達しようと努力されていた時、人を惑わす魔術師マーラ(魔羅、悪魔)に誘惑されています。エジプト(西暦251-356)の聖アントニオは、黙想の最中に悪魔と格闘したことで有名です。また、ルター(ルーテル)(1483-1546)は祈を捧げている間に悪魔にインクつぼを投げつけたと言われています。

ご自分の煩悩および自我に困惑されていた時、親鸞聖人は私たちのただ一つの希望は、私たちが絶望感をまさに意識するとき現実となる、阿弥陀仏の慈悲であると心中深く悟られていました。「これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じさふらへ。(現代語訳、「こういうことを考えるにつけても、いよいよ仏さまの大きな慈悲、大いなる願いが頼もしく思われ、われらはそいう凡夫ゆえ、極楽往生することは絶対に間違いないと思うのです。」)(梅原猛 校注・現代語訳 歎異抄第九条 講談社昭和五二年第11刷発行)

この考え方について、親鸞聖人は、信心を持たないことを悲しみ、浄土に生まれると約束されているのに喜びを感じなかった弟子唯円房との会話の中で、感動的に述べられています。このとき、唯円房は、お浄土に早く行きたいという望みがなかった事を嘆きましが、親鸞聖人は、自分も同じ状況で苦しんだと、慰めました。聖人は教行信証の中で述べています:「. . . 定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥づべし傷むべしと。」 上記浄土真宗聖典』聖教データベース、顕浄土真実教行証文類三 信巻)(現代語訳、「. . .浄土にうまれる人のなかに数えられることをよろこぼうともせず、仏のさとりに近づくことをうれしいとも思わないことを、本当に恥じなくてはならない。 心をいためなくてはならない。」)(「日本の名著6、親鸞聖人」石田瑞麿編・訳 281頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)

親鸞聖人にとって、阿弥陀仏は、私たちが生活にどれ程深く執着しているかをご存知でした。聖人は、私たちがそのような者であるので、阿弥陀仏が本願をはっきりと述べられたことを明らかにされました。

法然上人の指導下にあった親鸞聖人にっとって、浄土教はご自身の個人的体験に精神的な意味を持たせる乗り物(手立て)になりました。しかも、聖人がそうしようとしたわけではなかったのですが、浄土教から、宗教を育成し、理解する新しい道を得ました。

親鸞聖人がなした教義の説明は、努力しても自我をそれ自体清めることは出来ないという基本的な見方から出ています。それは、自分がよいことをしていると意識していて、かえって自我を強めてしまう努力になるからです。これは自分の靴のつまみ革を引っ張って立ち上がろうとするのに似ています。聖人は、精神的に解放されるためには、阿弥陀仏こそ完全で決定的な原点あるいは根拠であると理解されていました。従来の仏教に説かれてれている煩悩の深さとご自分の体験から、親鸞聖人は、私たちの煩悩とは絶望的なほどに絡まっており、しかも煩悩を強めてしまう行にいくら勤めても悟りは得られないことが分かっておられ、次のように述べられています。

しかるに無始よりこのかた、一切群生海、無明海に流転し、諸有輪に沈迷し、衆苦輪に繋縛せられて、    清浄の信楽なし、法爾として真実の信楽なし。ここをもつて無上の功徳値遇しがたく、最勝の浄信獲   得しがたし。一切凡小、一切時のうちに、貪愛の心つねによく善心を汚し、瞋憎の心つねによく法財 を焼く。急作急修して頭燃を灸ふがごとくすれども、すべて雑毒雑修の善と名づく。また虚仮諂偽の  行と名づく。真実の業と名づけざるなり。この虚仮雑毒の善をもつて無量光明土に生ぜんと欲する、  これかならず不可なり。なにをもつてのゆゑに、まさしく如来、菩薩の行を行じたまひしとき、三業  の所修、乃至一念一刹那も疑蓋雑はることなきによりてなり。この心はすなはち如来の大悲心なるが   ゆゑに、かならず報土の正定の因となる。如来、苦悩の群生海悲憐して、無碍広大の浄信をもつて諸   有海に回施したまへり。これを利他真実の信心と名づく。

(上記 浄土真宗聖典』聖教データベース、顕浄土真実教行証文類三 信巻)

現代語訳

それにもかかわらず、始めのない永遠の昔から、世に生を受けたすべてのものは、無明の海に            流転し、さまざまな迷いの世界に沈み、果て知れない多くの苦しみに縛られて、清らかな信楽            心をもたない。本来のすがたにおいて、真実の信楽がそなわっていない。だから、最上の功徳         に遇うこともむつかしく、もっとも勝れた清浄の信心をうることもむつかしい。愚かなつまら       ない人たちのすべては、いつどんな時も、貪り執着する心によって、つねにしばしば善心を汚        し、怒り憎む心によって、いつもたびたび折角の教えを焼き捨てている。せかせかと休むこと        なく、頭にかかる火を払うように努めても、すべて毒のまじった善・自力の行がまじった善と        名づけ、いつわりとへつらいの行為と名づけて、真実の行為とは名づけない。こうしたいつわ         りの、毒のまじった善によって、阿弥陀仏のはかりしれない光の浄土に生まれようとしても、              これはとても不可能である。なぜなら、如来が菩薩の修行をなさったとき、身体と口と心に行            なう修行は一瞬・一刹那も、疑いがまじることはなかったという、まさにそのことによるから            である。この信楽は、すなわち如来の広大な慈悲の心であるから、かならず、真実の浄土に生         まれることを決定する直接の原因となるものである。如来は、苦しみ悩む一切の人々をいとお       しみ、あわれんで、なにものにもさまたげられない広大な清浄の信心を、さまざまな迷いの世        界に回らし施されたのである。これを、利他真実の信心と名づける。

(「日本の名著6、親鸞聖人」石田瑞麿編・訳 256頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)

信心は、単に事実の提案、教義あるいは主張を信ずるということではなく、むしろ、仏の本願に対する信頼として私たちの心に注ぎ込まれた阿弥陀仏の真実の心です。 信心について、これを、ある提案が真実であるとか、物語の記述が事実であると頭で同意したと信ずることと混同してはなりません。

しかしながら、信心に関連していて、教えの思想的、知的な意味を作り上げ、私たちが教えを確信する根拠を説明する手助となる手段としてなる考えがあります。しかしながら、そのように信じても、この伝統が基づく根本となる神話の特徴を文字どおり、或いは、事実として、わたしたちが受入れなければならないというわけではないのです。正確に言えば、信心は、法蔵菩薩が阿弥陀仏になるという神話が意味ある生活に必要な本質的な精神的な真実を具体的に表していると信じるか、あるいは、確信しているかということです。

神話は、空想的なイメージを与える一方、現実の慈悲にあふれた面を見つめて表現していると、私たちは、確信しています。この神話のもつ理想および価値のおかげで、私たちは、その日その日の世の中で遭遇する矛盾に負けないで、絶望に陥らずに、なんとか生活を切り抜けていけます。法蔵菩薩の神話は、自己本位の世界をこえた現実に向かうよう指図し、そのため、私たちは希望に励まされます。

親鸞聖人の教えについてさらに尋ねてゆくにつれて、聖人のお考えがどうなっていったかを調べましょう。先ず、人生の精神面に役立つ新しいパラダイム(基本的考え方)を提唱されるに当たり、聖人がなされた解釈の根拠とされた経典に目を向けましょう。というのは、そこに知的であり精神的である独創性が見られるからです。他の宗教と同様に、仏教において、宗教的教理は、伝統の祖師の権威のある言葉に基づいていなければなりません。大乗経典が釈迦牟尼の言葉であるとの主張に対して、親鸞聖人は、これらのお言葉が権威あるものとして、受け入れました。

親鸞聖人は、中国および日本の浄土教の先達が詳しく説いた主要な教典である大教を特に重視されています。しかし、聖人の時代までよく知られた浄土教で用いられた中心的な教典は、死に直面した人々を救う鍵として阿弥陀仏の名前を称えて功徳とするよう教える観経でした。法然上人のおかげで、浄土教の教典三部が、仏教伝統の三蔵の思想に則り浄土三部経として纏められてあり、お浄土を詳しく描いたことで有名な、称名(名号を称えること)を唱道する小経が含まれています。

親鸞聖人は、教行信証の第一巻で、浄土教にとってまれに見る最高の真実のもとである教典は大経であると主張され、次のように述べています: 「奇特最勝の妙典、一乗究竟の極説、」(上記浄土真宗聖典聖教データベース 顕浄土真実教文類;現代語訳、「珍しい、もっとも勝れた教典であり、唯一絶対の真実の救いとしての(一乗)究極最上の教説であり、」(「日本の名著6、親鸞聖人」石田瑞麿編・訳 180頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)

このように強調された理由は、この経典が、法蔵菩薩に関する物語と浄土教の精神的な現実を確立し、その中へ入門する方法を授ける菩薩の四十八本願に重点を置いているからです。本願は、全体で、浄土教の神話を完全に展開しています。各本願はそれぞれ特定の内容を持っていますが、全体として、最も高いレベルの精神的な成就について述べるように意図されます。この教典は、衆生が障害なく自己の精神的な開発を追求し、絶対的な自由を経験することができる、より理想的な世界を目指す、一切のものの深い願望を示しています。

法蔵菩薩は、現実のそれぞれの場で見られる、すべての宗教の理想および人間の願望の最善の面を選択され、すべてを抱擁する精神的理想を作り上げられました。浄土は涅槃を象徴し、涅槃はそれ自体が人間の生存を限定・妨害するすべての形の限りある制限からきっぱり解放されていることを表わしています。

今日と同様に、親鸞聖人の時代の伝統仏教もこのように精神的に成就することを目的としました。しかしながら、他の仏教宗派で、この目的に達するのに、修行の中心として修行と功徳を重く見ました。浄土教伝統では、観経が行のための標準のお経で、浄土の様相を観想する一連の十三の観法が概説されています。このお経は、また生涯を通じて悪行を重ねる人々に名号を称えることを教えます。これらの称名により、人々は永劫の悪から清められ、浄土に生まれさせていただくことになり、そこで、修行を積んで悟りに到達可能となります。

仏教および様々な経典で説く修行の前提となる条件は、これらが釈迦牟尼仏陀が教えた行であり、全く真剣に行わなければならないと信ずることでした。昔の指導法では、人は、先ず教えを信じ、理解し、実行し、そして、最後に悟りに到達するのです。親鸞聖人が理解されたところでは、大経には、法蔵菩薩の偉大な行が明らかにされていて、その行は、私たちの心の中に阿弥陀仏の本願に対する信頼となって現われ、わたしたちは、念仏を称えようという気になります。このような信頼から、浄土に往生する結果が得られ、悟りと涅槃を象徴します。聖人の指導法は、教え、(菩薩の)行、信心、および証,(悟り)です。この順序では、信心の位置の点で親鸞聖人が他の伝統とは違っています。

親鸞聖人は、浄土教の重点を観経の行から大経に移しました。伝統の歴史では、観経の中の称名、小経、および大教の第十八、第十九、第二十願をともに、これらが同等であるとして一つに合成ないし合併されていました。従って、広く教えられていたのは、信心と真心をもってみ名を称え、自分自身から悪を除き清めること相まって、仏陀が死に際に来迎されて、浄土に信者を迎え入れることになっているというこでした。

親鸞聖人は、第十八願に重点を置かれ、聖人の師法然上人と大経を注意深く読まれました。その本願は次の通りです。

たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽して、わが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念          せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。

(上記 浄土真宗聖典聖教データベース 大経

現代語訳

わたしが仏になるとき、すべての人々が心から信じて、わたしの国にうまれたいと願い、わずか十回              でも念仏して、もし生まれることができないなら、わたしはけっしてさとりを開きませ ん。ただし、 五逆罪を犯したり、仏のおしえを誹るものだけは除かれます。(浄土真宗聖典 浄土三部経、現代語        版 本願寺出版社、平成八年)

しかしながら、親鸞聖人の第十八願の解釈は、ご自分の大経下巻の本願成就に関する一節の読み方に特に影響されています。聖人がなされたこの箇所の解釈は、信心は阿弥陀仏からの贈り物であるとする見方と聖人の思想に現れた宗教の性格を転換されたことの基礎をなしています。すなわち、

:

十方恒沙の諸仏如来は、みなともに無量寿仏の威神功徳の不可思議なるを讃歎したまふ。あらゆる衆           生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと乃至一念せん。至心に回向したまへり。かの国に生れんと      願ずれば、すなはち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と正法を誹謗するものとをば除く。

(上記浄土真宗聖典聖教データベース             大経

現代語訳

すべての世界の数限りない仏がたは、みな同じく無量寿仏のはかり知ることの出来ないすぐれた功徳           をほめたたえておいでになる。無量寿仏の名を聞いて信じ喜び、わずか一回でも仏を念じて、心から      その功徳をもって無量寿仏の国に生まれたいと願う人々は、みな往生することができ、不退転の位に   至るのである。ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを誹るものだけは除かれる。

(浄土真宗聖典 浄土三部経、現代語版 本願寺出版社、平成八年)

親鸞聖人は、この一節が、救いと悟りの基として、阿弥陀仏の条件をつけない慈悲を表すと読まれました。「すべての人が阿弥陀仏のみ名を聞いて信心を起こし、喜びにあふれて、ないしはわずか一念でも・・・・するときは、阿弥陀仏の慈悲のおはたらきによって、即座に生まれるときまって、不退転の位に住むことでしょう。」

親鸞聖人の読み方では、信心が呼び起こされることと名号を称えようという願望が阿弥陀仏のおはたらきによるとされています。すべて阿弥陀仏から始まるのですが、もとの教典テキストでは功徳は信者の方から起こる行いとされていました。テキストの意味をこのように変えることは、漢文を日本式に読む際に出来るのです。適当な日本語の仮名と動詞変化を漢文の横につけることで、漢語と文法がかなり異なっていても、文章が日本語に翻訳できます。この一節では、親鸞聖人がごく丁寧な敬語動詞形である、「せしめたまへり」を功徳を向ける、「回向」という語に加えたのです。この一見小さな読みの変更で、上記引用部分から分かるように、その動詞の行為の方向を人から仏にむけた行為から仏から人に向けられた行為に転換されました。従って、親鸞聖人は、原本の内容を信じていた人が自分で起こした宗教的行為は、すべて、阿弥陀仏が信者の心中に起こした行為の結果であると解釈されたのです。信心の意味および宗教的生活の性格はこのように完全に変更されました。

私たちが本願およびその成就のテキストの議論を終える前に、大悪を犯した人々を除外するという行の最後の節に注意を払わざるをえません。この節は、阿弥陀仏がすべての人々を無条件に受入れると強調されていることと矛盾するように見えるのは、当然です。この箇所は、仏の第十八願の慈悲を受け取る側の「十方の衆生」という語句に表されている仏陀の普遍的な慈悲を信ずることと一体にして解釈しなければなりませんでした。

親鸞聖人は、阿闍世(あじゃせ)が父、頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)を殺害した物語を引用して、仏法を誹る者さえ含む悪者が、大悲の本願に任せ自分の悪を認めるとき、仏が救ってくれる例を挙げています。要するに、親鸞聖人は、善導大師の言を奉じています。即ち、「謗法・闡提、回心すればみな往く」(上記浄土真宗聖典聖教データベース、顕浄土真実教行証文類三 信巻)現代語訳、「教えを誹謗する人や、仏になる因をもたない人も、心をひるがえすときは、みな浄土に行く。」 (「日本の名著6、親鸞聖人」石田瑞麿編・訳 131頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)]。善導大師は、さらに本願にある但し書きは、浄土教信者に、これらの悪行が深刻であり、犯してはならないと戒めるためであると主張しました。この戒めは、浄土教信者の倫理・モラル意識を強め、それにより、本願の普遍的な救いの誓約に対する矛盾を取り除く手段でした。

親鸞聖人は、阿弥陀仏のおはたらきと信心の体験を、より広い大乗仏教の見地から理解されました。つまり、仏性の実現とそれに付随する菩提心、つまり、仏にならんとする願望の教理という見地です。この願望は仏教の行の基本的な動機であり、人が仏性を実現することは、このような行の目標でした。一般大乗の考えでは、仏性は、すべての衆生の真の自己ですが、わたしたちは、自分の煩悩と無知のため真の自己が見えないのです。この教えのスローガンは「あらゆる衆生は仏性を持つ」ということです。この指導原理は、中国の仏教では、精神的に偉大で、文化的・歴史上に重要であり、親鸞聖人の時代で普遍的に受け入れられた教理でした。

しかしながら、仏性は、それまで行を通じて実現する、何か消極的なものとみなされていたのに反し、親鸞聖人の解釈では、法蔵菩薩と本願に表わされている積極的な教理に転換されました。すべての衆生は、自分の究極の真実の自己として仏性を持っていますが、それが現実に心の中で信心を呼び起こすようにはたらくのです。これは、すべての衆生が自分たちの命を全うし真の自己を発見しようと願望することで明らかです。

親鸞聖人にとって、信心、つまり信仰の意識は、仏性を実現することです。聖人は、

「涅槃経」を引用され、「大信心はすなはちこれ仏性なり。仏性はすなはちこれ如来なり。」(上記浄土真宗聖典聖教データベース、顕浄土真実教行証文類三 信巻;現代語訳、「大信心はすなはち仏性であり、仏性はすなはち如来である。」(「日本の名著6、親鸞」石田瑞麿編・訳 教行信証信巻 257頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版))と述べられています。

これは、親鸞聖人にとって、信心に到達した人々が如来(仏陀)と等しいという宣言でした、つまり、「浄土の真実信心の人は、この身こそあさましき不浄造悪の身なれども、心はすでに如来とひとしければ、如来とひとしと申すこともあるべしとしらせたまへ。」(上記浄土真宗聖典聖教データベース 親鸞聖人御消息)現代語訳:「浄土の真実の信心をえたひとは、この身はあさましい不浄、造悪の身でこそあれ、その心はすでに如来にひとしいのであるから、如来にひとしと申すこともあるのだと心得られるがよい。」(「親鸞集」日本の思想、編集 増谷文雄、筑摩書房1973年3月、「末燈鉦 第三書簡」:

多くの仏教の師および学生は、行は人の仏性を実現し、あるいは究極の悟りを得るための中心の道であると主張してきました。浄土教の伝統では、第十八願は、称名が人の業を拭い清めるという観経の教えに一致して、念仏を称える行を道理にかなったものとする根拠でした。しかし、親鸞聖人は、そのような行に従事する人の心中の態度および動機を重視しました。聖人にとって、信心は単にある情報を信ずることではありませんでした。信心は、精神的な態度と仏陀がわたしたちを抱いて決して放棄しないという信念でした。聖人にとって、信心は生活全体、つまり、人生で仏の本願の力に気付いて生きることを意味します。信心が実現すると廻心、つまり、心の転換が起こり、自分の努力に頼るのを止めて、阿弥陀仏の本願をわたしたちの精神の解放の元としてお任せするのです。

親鸞聖人が第十八願に焦点を絞られたことは、聖人の宗教意識がどうであったかを窺うのに大切です。聖人は、本願の三つの心、つまり、本願と仏教の精神修行について従来理解されていた範囲で信者が培うべき心を重要視しました。しかしながら、既述のように、聖人の本願成就の教本の読み方によれば、親鸞聖人にとって、これら三心は、阿弥陀仏のおはたらきの結果なのです。信心についての聖人の見方からすれば、至誠心、喜びにあふれた信心、および浄土に往生したいという発願心の三心は不可欠です。親鸞聖人は、これらに関して教行信証の信巻の中で取り扱い、古代の言語分析の形式でそれらの様々な意味について説明しておられます。聖人は、人間の意識の立場および信心の基になる阿弥陀仏の慈悲と知恵とから、信心の「現象論」あるいは信心の構造および形の説明を展開した言ってもよいでしょう。それぞれの場合で、三心は阿弥陀仏の本願に基づいていおり、衆生すべてに与えられています。これら三心の中心は人々に恵みを与える大きな慈悲の心です。別々に議論しましたが、結局、三つの心は、一つで悪や欺瞞がない真実および現実を表しています。信心の様相はすべて疑いがないことです。阿弥陀仏がわたしたちを抱くことは、揺れ動く私たちの心に依存しておりません。

疑いがないことは、伝統や教えについて質問してはいけないということを意味しません。親鸞聖人は伝統とご自分の両方に問いました。聖人は知的探求心あるいは批判を否定しませんでした。しかし、疑いがないということは、自分の精神体験に基づく信念のもう一つの面です。疑いは、心がぐらついて、自分で結論に達することが出来ないことです。しかし、私たちは、自分たちの体験の結果、わたしたちの生活の真実を照らす信念についてはっきりした立場をとります。親鸞聖人は、ご自分の信念に自信を持たれ、自己の真実を正当化する手段として、人に聖人の見解へ従うことを要求しませんでした。

信心について話すとき、阿弥陀仏のおはたらきを意味する、「他力」という、伝統的な言葉がよく出てきます。親鸞聖人は、私たちの精神の解放は、すべて私たちの信心と生活の場ではたらく阿弥陀仏の力によると絶えず繰り返されています。しかし、ここで注意すべき大切なことは、その阿弥陀仏のおはたらきを自分自身とは別個に、外にある、一種の神のような外部の力として考えないことです。阿弥陀仏は別個にはっきり定義できる存在ではありません。むしろ、生命それ自身が不可思議であるのと同じく、阿弥陀仏は不可思議です。見えなくても、そのおかげで、わたしたちが万物を見ることができる光のようです。形も、姿も、色もなく、阿弥陀仏は、すべての現実として、わたしたちが生きていき、考えていく過程でわたしたち自身のなかで出会う力のシンボルです。

親鸞聖人にとって、阿弥陀仏が現実のすべての基になっている仏性です。聖人は次のように述べられています。「仏性すなはち如来なり。この如来微塵世界にみちみちてまします。すなはち一切群生海の心にみちたまえるなり,草木国土ことごとくみな成仏すととけり」。

唯信鉦文意(真宗聖教全書。「京都:興教書院、1956.」II, p.630.)(訳者、仏性はすなわち如来です。この如来は世界中にましまし、すべての衆生の心を満たされています。このように、草木も国土もすべて成仏すると理解しています。)この如来は法蔵菩薩および阿弥陀仏というお姿で現われます。

生活の場では、この力は他のひとたちにより、また人々を通して実現され、同時に私たちの生命をすべて高めてくれます。これは、持ちつ持たれつの原理を画期的に個人レベルで形で表したものです。精神的に、小さな自己の範囲を深く知覚し、全世界の秩序内、および人間関係で相互依存関係を実現する場合、私たちは阿弥陀仏と仏の本願がわたしたちを転換する真実に出会います。つまり、この転換との出会いは、ゴータマ・ブッダの教えの元々の目標であった無我の実現です。

親鸞聖人の体験および教えでは、信心は成長と発展の過程として見ています。これは重要な問題を提起します。というのは、一般に、人々は、宗教を何か、固定したもの、静止したものか、かたくななものと見なすからです。私たちの[欧米]社会では、多くの場合、個人が抱く宗教に関する理解および見方は、自分たちが青春期に達し、教会の日曜学校に行かなくなる頃までに習った程度です。筆者は、学問の場で出会ったことは、教育について非常に高度な見解を持った人々が宗教に関して、むしろ幼稚な見解を持っていることでした。これらの人々の知的生活は発展し続ける一方、精神の成長は人生のある地点で止まっていたのです。

他方では、自分自身に疑いを持ち、自分に信心を理解する知的能力があるかと疑うので、自己の宗教体験が真実であるかについて確かでない人々がいます。若年・成年期に適切な宗教的薫陶を受けなかったので、宗教的体験の神学・教義上の解釈についての理解および評価が十分ではありません。教育の機会に広く恵まれていても、一般大衆の間で、宗教の理解は、すこぶる表面的に低いレベルに限定されています。

従って、宗教学の教師として、私がしばしば出会ったのは、人々が深遠で強力な信仰に直面したとき、幼稚な自己満足、宗教的信仰に対する無関心、あるいは困惑のせいで不安をもつことで、そのため、人々を信仰のために死に追いやるともあることでした。従って、宗教学の教師として、私がしばしば出会ったのは、幼稚な自己満足や、あるいは宗教的信仰に対する無関心でした。時には, 深遠で強力な信仰を持ち、その信仰のために死に追いやられるともある信者に出会したときに、人々は、困惑し、不安をもつことでした。例えば、わたしたちが目撃したように、一部のイスラム教徒による世界貿易センターやペンタゴンの自爆攻撃があり、さらにしばしばイスラエルでもありました。

親鸞聖人に関する私の研究で知った、大変興味深いことは、聖人が宗教体験をなされた間に、成長・発展の過程を通られたということです。親鸞聖人の信仰は変化に乏しい、閉ざされたものではありませんでした。正確には、聖人は宗教的な思索で幾多の局面を経て、最後に円熟した、自身に満ちた信心に到達しました。

このことは、それほど変わったことと受け取るには当たりません。日常生活では当たり前のことですが、わたしたちは、肉体的、・精神的にいくつもの段階を通って成長するからです。私たちは、幼年期から青年期を経て成年にたっし、老年になり、最後に死に至ります。大抵の社会では、これらの重要な人生の段階を記念する節目の行事があります。しかし、宗教はどうなっているかといえば、私たちは、宗教についての見解が狭いので、多くの人にとってこのような[成長・発展を含む」見地で考えることは難しいのです。西洋文化では、キリスト教の影響で、「聖者にこれで最後と捧げた信仰」、あるいは、「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変わることがない。」(訳者注:新約聖書第13章8節)と考えるのが普通でした。神が不変で変化しないという性格を持つという概念もキリスト教の教えから来ています。

しかし、宗教が生活に関係しているとすれば、私たちの人生の成長につれて変わるはずでしょう。私たちがこの世で成熟するとともに、私たちの宗教に関する理解もさらに円熟すべきです。さらに、宗教的信仰が一つの成長過程であると理解すれば、それは、わたしたちが宗教教育をどう進めるかに影響するでしょう。授業は、幼年期から成人の年までに学生が身に付けていく知的進歩と調和させなければなりません。

これらの調査を背景として、親鸞聖人が「三つの本願を通じて転回する(三願転入)」という考えにおいて、ご自分の成長過程を記述された内容について考えなければなりません。聖人の記述:

ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を            出でて、永く双樹林下の往生を離る。善本徳本の真門に回入して、ひとへに難思往生の心を発         しき。しかるに、いまことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。すみやかに難思往       生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓(第二十願)、まことに由あるかな。こ             こに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。至徳を報謝せんがために、真宗の簡要を拾うて、

恒常に不可思議の徳海を称念す。いよいよこれを喜愛し、ことにこれを頂戴するなり。 (上記

浄土真 宗聖典聖教データベース、顕浄土真実 教行証文類六 化身土巻)

(現代語訳、こういうわけで、愚禿釈の親鸞は、天親菩薩のご解釈を仰ぎ、善導和尚のお勧めに

よって、すでに早くから、さまざまな行を修め善を行なう方便の仮門を出て、ながく双樹林下の

往生に別れを告げ、身を転じて、念仏にはげむ善本、徳本の真門にはいり、ひたすら難思往生を

ねがう心を起こした。それにもかかわらず、いまなおこの方便の真門さえも出て、身をひるがえ

して、選びぬかれた本願の海にはいった。ここにすみやかに難思往生をねがう心を離れて、難思

議往生をとげたいと思う。それにつけても、第二十の「果遂の願」が説かれたことは、まことに深 い理由のあることであった。本願の海にはいって、深く仏のご恩を知るようにたってから、ここ

にすでに久しい。それを思うにつけ、この勝れたご恩にこたえ、その徳に報いるために、真宗を

表わす、簡単で、しかも要をえた言葉を拾いあつめて、海のように仏の徳をおさめる不思議のみ

名をいつも忘れず称えている。そして称えることによって、ますますこれを喜び、さらにいっそ

う、これを頂くのである。   [(「日本の名著6、親鸞聖人」石田瑞麿編・訳 391頁 中央公論社     昭和58年6月15日8版)]

この一節は、ご自分で一連の段階からなると思っておられた、聖人の宗教意識がどのような発展をしたか、それを大略示すものとして大切です。最初の二段階は暫定または予備段階で、最後の第三段階に到達するための助けになります。人は第十九願を通らなければなりませんが、この願の特徴は、瞑想に重点を置き、善根、仏教の戒律、および道徳性を培うことです。死に際において、仏陀が現れ、浄土教信者を浄土へ迎えることで、救いが保証されるのです。第二十願が意味することは、「善根」とされている、名号を称えること、および、「徳根」と言われ、その功徳は浄土に往生するために回向される、道徳を培うことと解釈されていました。前の二つの本願は、目標に到達するのに自己の努力が要求されますが、この選ばれた第十八願(誠実さと信心および十回、考え[あるいは称名]することを説く)は、海の浮力に例えられる「他力」に頼ることで起こる心の転換を表わします。この本願により、最も高いレベルで浄土に往生を達成する結果になります。

万一法蔵菩薩あるいは経典の著者がこの過程を予知していたと仮定すると、本願の順序は第十八願から第十九、二十願だったかも知れませんでした。むしろ、私たちは、第十九願から第二十に、ついで十八願に行きます。このように本願の順序を入れ替えになったことから、親鸞聖人の解釈は、本願自体に暗示されていませんでしたが、ご自分のお考えで採用されたことが分かります。聖人以前の思想家らは、これら本願の順序を考慮せずに、一つの全体的・一般的な宗教思想に纏めて来ました。

親鸞聖人は、数多の段階を相次いで体験されたと言われました。聖人の人生でどの時期が個々の段階に相当するかは明らかではありません。学者らはまだこの問題について議論しています。ただ言えることは、第十九、第二十願が関連する、第一と第二段階は、比叡山での体験全体を指しているようで、そこで、親鸞聖人は、仏教の戒律および瞑想の修行に従い、常行堂で天台宗の念仏修行に従事しました。京都のお寺、六角堂での瞑想、精神性修行を体験されてから、夢のお告げに従い、親鸞聖人は法然上人を捜し求めることに至りました。聖人は、1201年に法然上人に師事して大いに精神性の面でやすらぎを得、この時、聖人が本願に救いを見出されたことを示しています。晩年に至り、教行信証を編集されていた頃でさえ、親鸞聖人は、その当時の状況と法然上人の教えを受けた時に深く感動したことを振り返られました。親鸞聖人は、法然上人が上人の著述を写本し、肖像画を描くことを許されたことは、ご自分が必ず浄土に往生することが「決定」されたしるしであると見なされました。これは、聖人が永年求められていた保証でした。

わたしたちは、親鸞聖人がなされた比叡山上の修行体験を真似して、挫折し、そして遂に法然上人のような思いやりのある師に会うようなことは、出来ませんが、これについて聖人が残された記述は大切です。そこに描かれているのは、聖人の成長された過程と生涯を通じて深刻な現実に遭遇されたと聖人が感じられていたことです。私たちは、それぞれ、人生で自分を解放してくれた真実に自分なりに出会うものです。親鸞聖人は、真実との出会いは突然起こるのでなく、徐々に一歩、一歩起こる過程であると説かれています。更に、法然上人のような先達の方々が現れ、それぞれ独自の仕方で私たちの人生を照らし、自分で思っている以上に、私たちが仏の慈悲を受ける資格があると確信させて下さるともおっしゃっております。

「三願転入」に関する一節は短いですが、親鸞聖人は、これが、宗教的生活において何かより根本的な要素であると思われています。仏教で私の知る限りでは、他にこの聖人の教義にどうにか匹敵するのは、ただ一例だけです。それは、日本の真言宗の開祖空海(弘法大師、西暦774-835)で、大師は、宗教意識を教義・論理順に十段階に分け、それぞれに評価を与えた教義を明確に説かれました。しかし、大師は、人がこれらの段階を通ってどのように精神的に成長して、真実、つまり、大師にとっては真言宗の教えに到着するか示されませんでした。

親鸞聖人の特色は、聖人が三つの本願に関する教義を単に、仏教の教えがもつ異なった傾向を識別する手段として見られただけではなく、ご自分の精神性の深みと宗教思想の点で聖人が成長して行かれた段階として見られておられたことでした。この為、先の二つの本願は、より高い境地に達するのに役立っていたのです。これら二つの本願の持つ性格上、何か未解決で未完成なものを残しており、これが、人をさらに追求しようと駆り立てるのです。

これらの願の不完全な点は、本願が意味する努力がどういう内容であるかに関係

しています。つまり、[臨終の人に]仏陀が菩薩らと一緒に来られ、浄土まで連れて行っていただく確約を得るのに、どれほど功徳を培い、あるいは、どの程度罪を犯さないようにする必要があるのでしょうか? この不安感の点で、親鸞聖人は臨終の時に仏に会う、ご来迎(死に際に、阿弥陀仏が降りて来られ、忠実な信者に会う)や人の最期の心構えに関係する、臨終正念(臨終で人が抱く正しい心(訳者、念仏))の教義を放棄されました。聖人は、[往生]確約の点で、何かもっと必要であると考えられました。第二十願でも、同様の問題が起こります。この本願は、名号を称え、人徳の根を培い、その功徳を回向すれば、浄土に往生できると暗に示します。しかし、私たちは、永劫にわたる汚れを落とし、清めなければならないので、何度称名し、あるいは、どれだけ徳を積めば往生できる確約が得られるのでしょうか?このように理解するのは、無限の領域へ至る懸け橋を建てるのに有限の行為で行うことなので、二元論的です。

しかしながら、親鸞聖人は、わたしたちが永年生と死の海の中で流転し、絶えず強欲と愛欲に汚れ、怒りおよび憎悪に汚れるので解放まで達することが出来ず、究極の解放に必要な清めに到達出来ない、と述べておられます。ですから、何度も何回称名しても、到底人は清められないのです。

親鸞聖人は、第十八願が悟りの成就にまつわる矛盾の解決策であると考えられました。それは単に、完璧にやりとげようと思って行を始めるということではありません。正確に言えば、仏から頂いた深い信心の心によって、往生することが確保されているのです。したがって、親鸞聖人は、さらに教行信証の中で次のように記されています。

至徳を成就したまへり。]如来の至心をもつて、諸有の一切煩悩悪業邪智の群生海に回施したま

へり。すなはちこれ利他の真心を彰す。ゆゑに疑蓋雑はることなし。この至心はすなはちこれ至

徳の尊号をその体とせるなり。

(上記浄土真宗聖典聖教データベース、顕浄土真実教行証文類三 信巻)

現代語訳

至上の功徳を成就され、それを]如来の真心から、煩悩と悪行と邪な智慧にまみれたすべての            世界の人たちに回らし施されたのである。すなわちこのことは、世の人を救おうという利他の真

心をあらわしている。だからそこに疑いがまじることはない。この至心はすなわち至上の功徳を

そなえた仏のみ名を、その本体としたものである。(「日本の名著6、親鸞」石田瑞麿編・訳 253        頁中央公論社 昭和58年6月15日8版)]

次に、聖人は、どんな行でも、その基礎である信心が中心であると述べられています。

真実の信心はかならず名号を具す。名号はかならずしも願力の信心を具せざるなり。

(上記浄土真宗聖典聖教データベース、顕       浄土真実教行証文類三

現代語訳

真実の信心はかならずそのうちに仏のみ名を具えているが、み名を称えるということは、かならずし      もそのうちに本願の力によってあたえられる信心を具えていない。    (「日本の名著6、親鸞」石   田瑞麿編・訳 264-265頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)]

更に、

しかるに常没の凡愚、流転の群生、無上妙果の成じがたきにあらず、真実の信楽まことに獲る            こと難し。なにをもつてのゆゑに、いまし如来の加威力によるがゆゑなり、博く大悲広慧の力       によるがゆゑなり。たまたま浄信を獲ば、この心顛倒せず、この心虚偽ならず。ここをもつて         極悪深重の衆生、大慶喜心を得、もろもろの聖尊の重愛を獲るなり。(上記浄土真宗聖典聖教データ   ベース、顕浄土真実教行証文類三

現代語訳

つねに生死の海に沈み、流転輪廻(るてんりんね)を繰り返してきた愚かな人たちにとって、最          高至上のさとりさえ、けっしてえがたくはないのに、真実の信心はかえって、なかなかうるこ              とがむつかしい。これはなぜであろうか。それは、いまこそ、如来の恵みの力によるものだか        らであり、広く如来の大慈悲と広大な智慧との力によるものだからである。だから、思いがけ         なく清らかな信心をうるときには、この心は迷いにとらわれることがないし、この心はもはや         虚偽であることはない。     これによって、この上もなくよこしまな罪深い人も、大きな喜びに            つつまれ、多くの仏たちによって尊ばれ愛されることになるのである。(「日本の名著6、親鸞            石田瑞麿編・訳 顕浄土真実教行証文類三信巻 237頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版)]

ご自分にとって第十八願が何を意味するかをお考えになった時、親鸞聖人が如何に喜ばれたかが分かります。今や、悟りに達成するのに、偶々恵まれた知的・精神的な能力、富や、自慢の種になりかねないような特定の宗教的行に依りません。衆生すべてを抱き、差別なされない阿弥陀仏から戴く信心の御心は、矛盾めいていますが、私たちの知恵や愚かさの毒を消す精神性の薬です。私たちの知恵が毒になるのは、宗教的修行および愚行で成し遂げたことに優越感を気取ったり、利己主義や慢心が明るみに出るるからです。

親鸞聖人は、精神性が成長する一つの過程として、本願をご自分の個人的体験と結びつけ、それによって、従来の本願に関する概念は、深みと意味が増しました。抽象的な概念や教義には聖人の宗教的体験が裏付けされました。信心を体験することで、伝統的な自力対他力の区別がより深い意味に到達しました。宗教生活の自力の点は、単に他力の反対でなく、意味と精神的な充実を得る基として、他力に気がつくようになる一段階となりました。その意味で、他力は、自力を含むより包括的な過程です。もはや、二元論の余地はありません。一方の自力は他力に向かう一段階で、またその他力の一部です。

親鸞聖人は、人々をありのままに、受入れる阿弥陀仏が救って下さることに照らして、欠点、罪および短所をすべて考慮されたあげく、宗教的に成就しようする希望を、限られた、弱い人々にもたらしました。人を駄目にしてしまう罪、あるいは個人の弱さに直面してあきらめてしまうことがあっても、最早そのために歓喜に満ちた宗教的生活が送れないわけではなくなったのです。

親鸞聖人は、仏性をもった信心および仏になろうとする心(菩提心)からなる三心を大乗仏教の中心的概念として確認しました。従って、聖人は、この浄土教が大乗仏教の究極の道であることを明確にしました。これで、聖人は、反対者による法然上人に向けた強い批判に応答していました。反対者達は、出家仏教での自分たちのエリート主義の性格のために、法然上人がこれらの伝統的教義を捨てられたのを怒ったのです。

親鸞聖人の解釈は、浄土教の真実を伝統によらない精神性の教えとしてより強く支持し、宗教体験と関連させました。更に自我の観念が現実に強いという意識や自我が宗教的な行および達成に関与してくることとも関係付けました。聖人が浄土教に置かれた重点は、現在の、信仰生活があまり重要でないとか役に立たないとする世俗的で、科学・技術が支配する世界で、何かを探し求め、疎外され絶望している人々に、はっきりと強く訴えることができます。信心と修行について聖人が持たれたお考えは、私たちの現代生活を苦しめる無意味な生活や心配事に対応できる、強い心と精神性意識を持つのに必要な中心点を教えて下さいます。