第15章 — 第十五章 信心の最終的な結末

第15章 — 第十五章 信心の最終的な結末

浄土教の伝統は、全世界の苦悩する大衆に向かって、ありがたいあの世、つまり阿弥陀仏の慈悲と知恵で作られた、仏の平和と至福の国土への希望があると保証することを説いた、有名な教えであると思われています。世界宗教という意味で、浄土教は来世について抱く執拗な人間の不安に答えています。もっともそのような安住の地は原始仏教の歴史には描かれていませんでしたが。

  宗教の授業で教師が受ける最も一般的な質問の一つは、「私が死んだら、どうなるでしょうか。」という疑問です。聖人等が過去になしたすべての啓示や知恵にもかかわらず、死後の命の問題は依然として、第八代門主蓮如上人が「後生の一大事」言われた、大きな謎のままです。

人々が進化の過程で自意識に目覚め、人類の思想が大きく影響され、自分達の未来について考え巡らすにつれ、人々は深刻な不安に駆られたのです。人間は、死を免れない運命であることを知る唯一の生き物であり、未知のものに対して希望と恐れを抱くので、その結果、世界の偉大な宗教では来世に関する詳しい神話やイメージが描かれて来ました。

宗教信仰は、死の孤独な瞬間あるいは家族の死に瀕して、耐えられない悲劇と悲しみに直面する人々を慰めようと努めます。さらに、信仰は、人生での希望や努力が挫折した時に人々を強く励ますのです。死が取り囲む不安から、人の命の意味や私たちの生活を駆り立てる道徳や倫理の問題について疑問が多く出てきます。

業の教理に基づく浄土教の道徳観は、正義を求める人間の欲求も表わしています。

縁起(相互依存)と功徳の考え方によって、浄土教は、自分達の家族が来世でより高い悟りのレベルに到達するよう助けることが出来る実際的な手段を説きます。浄土とその反対の地獄を表すシンボルは、人の精神的育成に役立つ見方があることを教え、道徳的応報のみならず行を遂行し完成しようとする人間の望みと願望を表しています。 一般衆生が阿弥陀仏の浄土に入るか、そこで再び生まれるために定められた主な行は、名号(念仏)を称えることです。その歴史上の名残で、浄土教仏教は、家庭生活を捨て、伝統的に厳しい出家僧の修行に従事することができない一般衆生のための来世の信仰であって、程度が低い、二流の道と見なされてきました。この教えは、方便(ウパーヤ)、つまり、仏陀が下された、衆生を慰めたり励ます巧みな工夫、慈悲のある手段と見なされていますが、あくまでもすべての大乗仏教諸宗派の教えの一部をなしています。

一般教理によれば、浄土へ生まれれば、仏教の修行を完成し、悟りに到達するための最適な環境が得られます。阿弥陀仏がおられるお陰で、帰依者は、仏の教え、慈悲、および知恵からインスピレーションを頂き支えられます。そこでは、 この世で出逢ったような悟りと菩提、あるいは涅槃に達成するのを妨げる障害はすべて消えてしまっているのです。

仏のみ教えは、最も初期の仏教伝来に伴って日本に到来し、舒明天皇十二年(640)に韓国の僧恵穏が大経(無量寿経)の講説をしました。教えは源信(942-1017)の著「往生要集」や、いろいろな階級の人々(僧尼俗人)による往生の物語である「往生伝」の普及や、鎌倉時代にもてはやされた、絵入り本である「地獄草紙」や「餓鬼草紙」を通して広く広がりました。これらには、源信の著に基づいた地獄の拷問を鮮明に、ダンテの神曲、「インフェルノ(地獄編)」に似た様式で描かれています。

「平家物語」のような作品は、業と宿命の教えを人々に直接に訴え、想像力と恐怖感をかきたてました。当時、人気があった旅の念仏僧である空也(903-972)および天台教義に基づく融通念仏宗(すべてのものをお互いに追求し融合する、つまり一は一切で一切は一であるという考えに基づいて良忍(1072-1132)天台僧の開祖になる一派です。従って一人の行が他人全部の功徳に成り、他人全部の行があなたの功徳になるのです。これは、華厳宗の教理で説く相互関係と相互依存を表しています。)を開いた天台僧の良忍(1072-1132)ような様々な高僧がおりました。念仏聖(ひじり)あるいは遊行浄土教僧は浄土に往生する望みを広げる助けになりました。

鎌倉時代(1185-1332)の特徴は、日本の支配をめぐって源氏の平家打倒によって引き起こされた暴力と内乱です。戦争の荒廃は、飢きんと悪疫と共に、末法時代のこの仮の腐敗した世の生活に代わるものとして、なおさら浄土教が人々の胸に訴えました。この教えは、法然上人(1133-1212)と上人の弟子達の活動によって日本の社会へ深く浸透しました。次のような弟子達でした:浄土宗の一派鎮西派の祖聖光房弁長(しょうこうぼうべんちょう)(1162-1238)、西山派の開祖(善恵(慧)房証空=ぜんねぼうしょうくう(1177-1247)および浄土真宗の宗祖親鸞聖人(1173-1263)と聖人の後継者、第八代門主蓮如上人(1415-1499)。西山派から派生した一人は証空上人の孫弟子で人気の高い時宗(じしゅう)の開祖一遍上人(1239-1289)でした。

親鸞聖人は、教えの中で大衆を慰め、励ますように浄土教を解説されました。したがって、聖人および他の浄土教の祖師達がよりどころとした仏教の宇宙論および浄土教独特ののシンボルに考慮を払うことが大切です。仏教の宇宙論は、カルマ(業)の原理とぴったり調和した精神性の育成段階とよくかみ合っています。従って、宇宙は、段階あるいは次元の序列から成っており、この序列は物質と精神的な要素の組み合わせであって、上に行くほど精神性とその達成のレベルが高くなっています。

仏教の宇宙は本質的に欲望、形、そして無定形(欲界・色界・無色界)という 三界(さんがい)つまり三つの水準あるいは面を有しています。これらを越えたところに涅槃があります。欲望と言う枠内には、三段階の世界があり、往生の六道を含み、最下位の熱・寒地獄道から餓鬼道(がきどう)、畜生道(ちくしょうどう)、修羅道(しゅらどう)、人間道(にんげんどう)、天道(てんどう、天上道とも)まであります。天上界には三十三天があります。

欲望の枠を越えたところに形の世界(色界)があり、ブラフマン修行者や神聖な世界の瞑想あるいは禅定 (dhyana)の四禅(四段階)の境地と相互に関連する天が含まれています。全部で、十七段階があります。最後に、四段階の無定形(無色界)の次元があります。これらのすべての次元およびレベルを越えたところに涅槃が位置し、つまり最終的自由の状態に達し、輪廻およびすべての区別や段階を超越しています。

初期の小乗宇宙論を包含する大乗宇宙論では、大千世界あるいは三千大世界(1000×1000 X 1000=1,000,000,000)と名付ける不可思議な全体の姿に達する無限宇宙があります。この宇宙論のすべての面は、人が最終的解脱あるいは涅槃に達するまで当人が達成出来るレベルを定める業で定まります。

その歴史的発展が完全に明らかではありませんが、大乗仏教支持者達は、初期仏教が仏陀の教えの理解が基本的なレベルであったと認めています。また、これらの人々は、理想的な目標を単に涅槃に到達することから菩提(仏の悟り)に到達することに変換しました。このように変った結果、仏教のシンボル体系も変わり、仏陀の国土が急増し宇宙が拡大することになりました。

大乗宇宙は すべての宇宙、大宇宙および小宇宙を包含し、ちりやほこりのすべての気孔や斑点に至るまで仏陀の国々で満たしました。すべての仏陀には、行の仏果または成就の結果として、それぞれ国土や領地があり、ご自身の成果または報いの仏身(報身)に表れております。(大乗仏教では、仏陀の考え方がもっと複雑で、仏を三身に分けて考えられています。つまり、歴史的な仏身として応身( 釈迦牟尼仏陀)、神話的次元で成果または報いを示す報身(阿弥陀仏)、真実の仏身として究極の形も色もない法身(仏性)です。このような各種のお姿で仏陀が伝統およ文献の中に出てきます。)

浄土が仏陀の悟りおよび涅槃を表していますので、浄土の概念を確立することは初期の宇宙哲学的な概念と矛盾せず、むしろこの宇宙論体系を完成若しくは総仕上げしているのです。お浄土は涅槃を具体的な画像でイメージ化したものなのです。さらに、浄土教を修行しても真の信心が得られなかったり、なお若干疑問を持つ人々には、浄土に、最終目標の手前で、ある期間、普通五百年留まる辺地があります。そこで、これらの人々は成長し、浄土自体に入る準備ができます。このような辺地はは懲罰ではありませんので、地獄の中に居るような苦痛は、ありません。むしろ、人々は隔離されて住み、五百年間瞑想し、その後本来の浄土に入ります。これらの仮の国土には色々な名称があります:宮殿の中での胎生(たいしょう、母胎から生まれた)と辺地(無量寿経)、あるいは蓮の蕾の中(に閉じ込められて)での誕生(観無量寿経)です。真実信心の人は、転換または忽然と化成して生まれ、「無生の生」(むしょうのしょう)を得、直ちに浄土に到達します。自力で念仏行を実践し、確な信心なしで自己満足の人々には、懈怠の辺地と言われる仮の国土があります。それは、人々が快楽のために執着する場所として浄土自体の外に位置しています。この執着のため真の浄土に到達出来ません。仏陀はそれぞれどこか宇宙の地域に自身の浄土を持っている一方、遙か西域の浄土が東アジア民族の人々にとって菩提を達成する主な道として重要になりました。阿弥陀仏の浄土は小乗仏教者が説いた三世界を越えたところにあります。(「小乗」という言葉は 軽蔑[蔑視]的であるので、仏教を論ずる時には用いず、「上座部」を用いる。「上座部」は”長老の道”を意味する前向きの用語です。)さらに大経では、菩薩は浄土に地獄や餓鬼も三世界も存在しないと約束しています。(法蔵菩薩(阿弥陀仏)の第一、第二願)。したがって、阿弥陀仏の国土は、他のすべての世界より優れていると言われています。

一般に使用されている「浄土」と言う用語は「極楽」国を意味することに留意しましょう。経典では、二つの用語が最も顕著に使用されてきました。大経では平和と調和の「安楽国」が使われています。平和-安らぎと無上の喜びの国です。葬式で広く唱えられる小経(阿弥陀経)では至福を意味する用語「極楽」を使用します。

親鸞聖人の著作では、安楽」と言う言葉が特に好まれて使われています。教行信証では、聖人は、引用文にこの用語を約四十六回、ご自身の文章で三回使用されています。教行信証とは別に他の著述では、「安楽」と言う言葉を引用された箇所が六十四あります。教行信証では、極楽」が九回引用され、ご自身の文章で一回使われています。聖人の他の著述では、極楽は二十一回使用されています。第八代門主蓮如上人は、恐らく上人の広い範囲に亘る布教活動の上から「極楽」を大変好まれました。

親鸞聖人が「安楽」を好まれた理由は、この言葉が、聖人がよりどころとされた主要な経典(大経)で強調された用語だったからです。さらに、聖人は浄土についてのより抽象的な考えを持たれておりましたで、より広く一般的に用いられていた用語「極楽」を回避されたのかもしれません。蓮如上人は布教者として、よりポピュラーな用語を使用されました。いずれにせよ大経および小経(阿弥陀経)の両方に、浄土が念入り且つ詳細に生き生きと描かれています。

大乗仏教の発展上の活動の一環として、浄土教の教えは、発心した菩薩(将来の仏)だけでなく一般の人々に、大経によれば阿弥陀仏の誓願の結実である、阿弥陀仏の浄土に往生出来る目標と見込みがあると説きました。浄土では重要な状態に達しますがそれは、第十一願と四十七願に基づく非退転の状態で、ここで発心者は最終の悟りが保証されます。

初期仏教の考えでは、人は自分の業の状態によっては退転(逆行)する可能性がありました。大経の主唱者達によって、人は、[悟りの]達成がもはや業に左右されない程度にまでより強く精神性で保証されました。その国土では、阿弥陀仏が支持して下さるので、逆戻りする可能性が無くなりました。

中国と日本では、宗派が競争する情況下、浄土の地位に関して様々な解釈がありました。浄土が時間と業に縛られ、一時的な、限りのある達成を意味し、この世と同様な差別された姿の世界だと思う人もおりました。それでは究極の状態の実現ではありませんでした。他のものは、菩薩の悟りの履行、つまり報いや楽をたのしむ身に相当する高い次元の実現と考えました。浄土は始めがあって終わりがありません。しかしながら、親鸞聖人は、中国の主要な浄土教の祖師であった善導と共に、阿弥陀仏の浄土は、最も高いレベルの達成であり、菩薩ご自身の誓願の実現によって確立された現実世界であるとお考えになりました。浄土について異なる解釈がある中で、浄土が客観的に実在せず、只私たちの心にだけあるという考えに出逢うこともあります。このより主観的な見方は、心がすべての現実の基礎であるという大乗の教えに深く根ざしています。心が純粋なら、世界は純粋である筈であろうと。この見方は、主に天台宗、真言宗および禅宗で取られていますが、これらの宗派でなす修行がこの世で[浄土]実現の体験に到達することを目指すからです。つまり、人が信仰心を磨き、心を清浄にする仏教修行へ自ら努力する(自力)対応の仕方を表わしています。

主観的に対応する仕方は、維魔(ゆいま)経典の中で述べられている教理に基づいています:「菩薩が浄土に到達することを望む場合、確実に自分の心を清浄しなければなりません。自分の心が清浄である程度に従って仏陀の国土が清浄なのです。」華厳経の経典に述べられているのは:「人々が三世界の仏陀を捜し、知ることを望むなら、必ずそのように心で予期しなければなりません。すべての如来は、心で作られる(生まれる)のです。」この観点では、人が悟りに達するにつれ、まさに人の体が仏陀になり、あるがままのこの世が至福の国土になります。

仏教の見方ですべてのことが心と意識の問題だと言うことは、唯我論[自己自身の意識のみと言う論義]的な意味で、「私の心」以外何もないとか、私たちの体験は単に幻覚か空想であって無意味だと解釈すべきであるという意味ではありません。現実を体験し(瞑想と修行を通じて悟り)、すべてのものの究極の精神性を強調する手段として、私たちの心が大切で有効であることを示しています。

衆生から離れて遠くにある「客観的な」浄土がどこにあるかは、小経に「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽といふ」言葉から分かります。(著者注、この経典は葬式で儀式として使われ、この解説とその国土を詳細に述べることで、信者等はその具体的な存在感に打たれます。 大経にも「ここを去ること十万億刹なり…(ここから十万億の国々を過ぎたところ)…」とあります。さらに死後行き着くところとして、浄土が様々な伝統で方便(巧みな手段)として教えられています。(ここで、大乗仏教の骨頂は空と非実体性であることに留意することです。しかし、仏教の宗祖師らは仏教思想を学んできたので、無制限に浄土や地獄について語り、教えることで大衆の気持ちを刺激しようとしたのです。)誰もが抱く人間の気持ちに一致して、普通の浄土教信者は、一般に浄土を自分達の亡くなった近親者や先祖に会える所と見なしています。これらの問題は親鸞聖人がなされた浄土教の解釈にとって直接関連しています。聖人は、法然上人の教えることを明確にしょうと試みられ、法然上人の他の弟子達の誤った解釈と思われた点に反対されました。聖人はまた、悟りへの道としての浄土教のみ教えの立場について他の仏教諸宗派とそれとなく論争争されました。聖人は、浄土教は単に末世の弱者ための程度の低い道ではなく、仏教の究極の真理であると信ぜられました。

教行信証の信巻で、親鸞聖人は、浄土が単に「主観的な」現実世界に過ぎないという考えを捨てられています。次のように書かれています:

顕浄土真実信文類 三 序

しかるに末代の道俗、近世の宗師、自性唯心に沈みて浄土の真証を貶す、

現代語訳

ところが、末の代の出家や在家はもちろん、近ごろの諸宗の師たちは、みずからの本性(自性)になずみ、ただ心だけをよりどころ(唯心)と固執して、浄土における真 実のさとりをそしると…(「日本の名著6、親鸞」、石田瑞麿編・訳 236頁 中央公論社 昭    和58年6月15日8版)

浄土の現実を支持されていますが、前述の通り、親鸞聖人は普遍的な仏性の原理を放棄されていません。もっと正確には、聖人は、信心が阿弥陀仏の真実の心であり、私たちの体験の中で仏性を表すものと考えておられます。阿弥陀仏は、単に遙か彼方の浄土におられる遠くの仏陀ではありません。普遍的な真実(法身)の表れとしてお名前が無限を意味する阿弥陀仏は、宇宙を慈悲と知恵とで満たされます。それは、生きとし生けるものすべてが成長および生を全うすることで自分自身を超越せんとの心からの願いに映し出されています。(第八章参照。「この如来、微塵世界にみちみちたまへり、すなはち一切群生海の心なり。(この心に誓願を信楽するがゆゑに、この信心すなはち仏性なり、仏性すなはち法性なり、法性すなはち法身なり。)「唯信鈔文意」(浄土真宗、注釈版. 本願寺出版部、1988.] p.709.(この如来(仏陀)は無限の世界に満ち満ちており、すべての生きとし生けるものの海の心を満たします。このようにして、植物、木および土地はすべて仏性を達成します。この心の中に誓願を信じ喜ぶので、この信心はすなわち仏性

です。(この如来微塵世界にみちみちてまします、すなはち一切群生海の心にみちたまえるなり。草木国土ことごとく皆成仏すととけり。。。。真宗聖教全署、唯信鈔文意 II, 630.)

ここで起こる問題は、「客観的」に阿弥陀仏が存在することおよび「彼方にある」浄土というよく知られた伝統的な見方を、仏の国土を持つ阿弥陀仏を、私達の心中に内在する、すべて衆生を摂取される永遠の仏陀を現実として理解することとを両立させることです。この意味合いで、前述したように法身に二つのタイプがあるという考えが助けになるかも知れません。(既述の三身に関する解説参照)

親鸞聖人は自然法爾章(じねんほうにしょう)の中で、阿弥陀仏は、私達が形も色もない法身(法蔵菩薩)、つまり、すべてのものの根本的真理を感知させてもらえる媒体、手段あるいは源であると主張されています。すなわち、形を備えた阿弥陀仏は、法身から出て、形も色もない不可思議な根本的真理を明示する慈悲の手だてです。(第八章参照)先に名号について述べました通り、この阿弥陀仏の形と浄土のイメージは、特定の一見限度があるシンボルですが、これらを超えて、これらが出てきた、より深い現実を私たちがよく考えるようにと説いています。これらは私達が仏の誓願を信ずるようにさせて戴く阿弥陀仏の存在を生き生きと現わすシンボルです。(第十三章参照)

現実の世界は、私たちが「それ」を心の中で作り上げていない限り客観的なのです。私たちは、「現実」が客観的であるかはなく、私たちが知覚するものが本当であるか、ないか証明する必要があります。私たちは現実から出て、それでいてその中に生きています、つまり現実全体を生きています。  現実は、そういうものであって、それ自身、不可思議で理解できません。私たちはシンボルまたはイメージを通してしか現実を「理解」できないのです。従って、阿弥陀仏と浄土は、精神的現実のシンボルとして、単に心の中に築き上げたものではなく、仏教史を通じて、無名の僧達が瞑想時に心に描いたイメージから発生し、仏教を心から熱望し深く考える人々の焦点として、非常に効果のある信仰のシンボルになりました。仏教が発展し、阿弥陀仏と浄土自身が持つ独特の真実が認識されるにつけ、これらのイメージが単に、私たちに精神的な現実が何であるか理解させ、私たちの日々の生活を可能にする方便となっただけではありませんでした。それどころか、私達が生きて行く真実として現実そのものになったのです。親鸞聖人は人間の運命について非常に精神的な概念を出されていますが、尚、浄土での往生に言及され、死後の命と浄土の客観的な存在を考えておられています。聖人は、浄土は単に自分の心の中にあるに過ぎないという考えを明らかに否定されています。個人的な覚え書きとして、親鸞聖人は末燈鉦の書簡第12(親鸞聖人御消息)の中に述べられています:

この身は、いまは、としきはまりて候へば、さだめてさきだちて往生し候はんずれば、浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。

現代語訳

わたしはもうすっかり年をとってしまいましたから、さだめしあなたに先だって浄土に生ま れるでしょうから、浄土でかならずかならず、お待ちいたしましょう。

末燈鈔「世界の名著・親鸞」p116 編集 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行  中央公論社

弟子覚信坊の死について、弟子の蓮位は、親鸞聖人のお許しのもとに次のように記しています:

またおくれさきだつためしは、あはれになげかしくおぼしめされ候ふとも、さきだちて滅度にいたり候ひぬれば、かならず最初引接のちかひを  おこして、結縁・眷属・朋友をみちびくことにて候ふなれば、しかるべくおなじ法文の門に入りて候へば、蓮位もたのもしくおぼえ候ふ。また、親となり、子となるも、先世のちぎりと申し候へば、たのもしくおぼしめさるべく候ふなり。このあはれさたふとさ、申しつくしがたく候へばとどめ候ひぬ。いかにしてか、みづからこのことを申し候ふべきや、くはしくは

なほなほ申し候ふべく候ふ。この文のやうを御まへにてあしくもや候ふとて、よみあげて候へば、「これにすぐべくも候はず、めでたく候ふ」と仰せをかぶりて候ふなり。ことに覚信坊のところに、御涙をながさせたまひて候ふなり。よにあはれにおもはせたまひて候ふなり。

現代語訳

 

後になり先になりして死んで行くためしは哀れにかなしくお思いになりましょうとも、先立って真実のさとりに至ったときには、かならずまず最初にこの世の人々を救い取ろうとの誓いを起こして、縁のあるもの、身内 のもの、親しい友を導くのであってみれば、そのようになるはずですし同じ教えの門にはいっているのでもありますから、わたくしとしても行く先たのもしく思われます。また親となり子となるのも「先の世の契(ちぎ)りと申しますから、たのもしくお思いにならなければ なりません。このいとおしさ、尊さは言いつくすことができませんので、これで筆を止めました。

どのようにして、自分から、このことを申しましょうか。くわしいことは   またなお申Lましょう。この手紙の内容、聖人のご前で、まちがいでもあってはと、読みあげましたところ、「これ以上よくは書けない、結構です」と仰せをいただきました。ことに覚信房のところではお涙をお流しになりましたとりわけいとおしくお思いになったのであります。

末燈鉦「世界の名著・親鸞」p121 編集 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版

発行  中央公論社

親鸞聖人は人間の生活条件および人間の心情に大変気を使われました。それで、死と死後の世界の問題に対処するのに、上記の出来事のように、聖人の信者達が悲嘆にくれている時に、容易に分かり喜べるように、ご自分の希望とお気持ちを表わされたのです。しかし、この事については、単に浄土に行き永遠の平和と喜びに到達するだけが聖人のお考えの全部ではありませんでした。聖人をより深く理解するには、教行信証の證巻と真仏土巻(しんぶちど)に行かなければなりません。これらの巻は、他と比べて短いのですが、親鸞聖人の思想の中で、究極に人間が成就することのより深い意味を教示しています。

注意しなければならないのは、浄土が持つ美しさ、栄光、至福について、親鸞聖人は単に経典の中で述べられているように描いたり誉め称えていないことです。聖人のお考えは普通受け入れられている考えではありません。親鸞聖人は、人の願と育成或いは自己の努力による国土、また、他の仏達に帰する国土でもある土地である「化土」の形としても偶像崇拝的、感傷的、または感覚的な浄土を考えておられません。事実、聖人は、浄土に行くことに関して、広く多くの人々が持つ自己中心的な考えを批判する、曇鸞の教えから一節を引用されています

曇鸞大師は次のように記されています:

このゆゑに、かの安楽浄土に生ぜんと願ずるものは、かならず無上菩提心を発するなり。もし人、無上菩提心を発せずして、ただかの国土の受楽無間なるを聞きて、楽のためのゆゑに生ぜんと願ずるは、またまさに往生を得ざるべきなり。 教行信証 証巻 (浄土真宗聖典(注釈版), 頁326 [往生論注巻下 浄土真宗聖典(注釈版)。 七祖篇 京都:本願寺出版社, 頁144.]

現代語訳

したがって、かの安楽浄土に生まれたいと願う人は、最高至上のさとりを   求めようとする心をかがならず起こすのである。もLだれかが、この最高至上のさとりを求める心を起こさないで、ただかの国では受ける楽しみに間   断がないとだけ聞いて、その楽しみのために、生まれたいと願うとしても、

また当然、生まれることができるはずはない

(教行信証、証巻「世界の名著・親鸞」p326 編集 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行中央公論社)

親鸞聖人の思想は、絶対他力についてのお考えを表わされていましたが、また同時に自分達が持つ利己主義の深さとその束縛から解放すべき程度を人々に分かってもらいたいとも意図されていたのです。この曇鸞の一節は、宗教的信心さえ死後に生き延びたいとする私たちの望みに隠されている根本的な利己主義を強化する手段に成りうることを示しています。

浄土に往生しようとする利己的な興味では救いが保証されていません。この点、蓮如上人も、「極楽は楽しいところであるとだけ聞いて往生したいと願う人はいる。しかしその人は仏になれないのである。ただ弥陀を信じておまかせする人が、往生して仏になるのである 」と仰せになっています。(本願寺出版社発行 蓮如上人御一代記聞書(現代語版)より蓮如上人御一代記聞書;原文、第122条には 「極楽はたのしむと聞きてまいらんと願い望むる人は仏にならず、弥陀をたのむ人は仏になる。」とあります。浄土に生まれることは無生の生(むしょうのしょう)で、生死を超え、不浄分別の世を超越した悟りです。(高僧和讃46に「如来清浄本願の無生(むしょう)の生なりければ本則三三(ほんそくさんざん)の品(ほん)なれど一二もかはることぞなき」とあります。)

したがって、親鸞聖人は仏教の教えが他人を益するところに特徴があると強調され、自分より先立ってさえ他の人達が悟りを得ることが、菩薩の原理で菩提への道であると説かれました。

さらに、親鸞聖人は単に来世の幸福を説かれた方ではありませんでした。聖人が重点を置かれたことは、この世で生きていくのに、私たちが阿弥陀仏の誓願を確信し、信じ、しかも、この世を去り、仏と一体になるに当たり、他の人々みんなと一緒に、私たちの生活が満たされ、完了するとの確信を持つことでした。

人間の命は、第十一願と第二十二願を完成することで全うするのです。

第十一願の誓願は:

たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、定聚に住し、かなら

ず滅度に至らずは、正覚を取らじ。(仏説無量寿経)現代語訳

わたしが仏になるとき、わたしの国の天人や人々が正定聚(しょうじょうじゅ)にはいり、必ずさとりを得ることがないようなら、わたしは決してさとりを開きません。(仏説無量寿経、現代語版、本願寺出版社、平成八年三月二十日)

この本願の中心的特徴は二つあります。:1)正定聚(しょうじょうじゅ)に入ること、と2)悟りに到達することです。本願には、浄土に至ってから正定聚、つまり不退転の段階に到達すると示されていますが、親鸞聖人は、その状態は、私たちが今この世で体験する信心が得られた瞬間に現実のものになると説かれています。聖人は書かれています:

ひごろ、かの心光に摂護せられまゐらせたるゆゑに、金剛心をえたる人は正定聚に住するゆゑに、臨終のときにあらず、かねて尋常のときよりつねに摂護して捨てたまはざれば摂得往 生と申すなり。

(号真像銘文, 真宗聖典(注釈版)。頁657-658; 真宗諸教全書、II, 頁590.

 

カルマ(業)の働きを信ずる従来仏教の教えで、人々は自分達の気持ちが定まらず、仏の行が散発的で、煩悩に執着する為に、行く先々の運命について大きな不安を持っていましたが、この不安は親鸞聖人の説かれた教えで拭われました。救いは、人間の計算ずくめの計らいや努力でではなく仏陀の不可思議な慈悲のおかげなのです。この世の生活は、私たちが阿弥陀仏の慈悲を体験し、わたしたちの未来の恐れを捨て去る所としての意味が出てきました。親鸞聖人は歎異抄(第七条)の中で「信心が固い念仏の行者には、天の神、地の神もおそれ従い、いかなる魔物、悪者といえども念仏を妨げることもできず、また、いかに深い前世からの業の報いも、念仏の行者に及ぶことなく、…(現代語訳、」。(梅原猛 歎異抄、第七条:校注・現代語訳、講談社文庫昭和47年4月第一刷、講談社、p25、p142)と述、べられています。他のこれまでの浄土経の教えと同じく、親鸞聖人のお考えはこれまでの伝統の中に根ざしていますが、それだけでなく、ご自分自身の体験と努力されたことに合うように経典の解釈を修正され、浄土教の信仰が仏教の最高の教えであると説かれました。

本願は、必ず涅槃に達すると述べられており、浄土に往生するやいなや到達します。従って浄土はそれ自体涅槃を表すシンボルであって、涅槃に達する行の段階ではありません。親鸞聖人は次のように記されています:「正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至る。かならず滅度に至るはすなはちこれ常楽なり。常楽はすなはちこれ畢竟寂滅なり。寂滅はすなはちこれ無上涅槃なり。」(顕浄土真実証文類 四)(現代語訳、「菩薩の位に付くから、かならず仏のさとりに至る。かならず仏のさとりに至るということは、すなわち永遠の楽しみであり、永遠の楽しみは、すなわち究極のさとり(寂滅)であり、このさとりは、すなわちこの上もない仏のさとり(涅槃)である。(「日本の名著6、親鸞聖人」、石田瑞麿編・訳 311頁 中央公論社 昭和58年6月15日8版))

曇鸞大師による天親菩薩の「浄土論」の注解を広く引用され、親鸞聖人は、浄土の仏達の普遍性と共同社会について説かれ、あた、生きとし生けるものすべてを益する阿弥陀仏の純粋な願心の慈悲に満ちたおはたらきの救済のプロセスが何に基づくかを表明されています。仏の条件を付けない慈悲のおかげで、煩悩を断ちきらなくても、私たちのような愚かな衆生すべてが涅槃に到達するのです。

浄土に往生することは涅槃に達することであると確立された親鸞聖人は、往生の第二の点に進まれます。それは、菩薩がこの世に戻り、人々を救うために働くと言う教理です。(この教理は、還相(げんそう)とは浄土に生まれて仏に成った後に、この世に戻ることで、浄土に向かうことを表す往相(おうそう)の逆です。)これは、第二十二願を成就することですが、本願は菩薩達に1)次の生では究極に仏となる、2)自在に衆生すべてを助ける、3)通常の菩薩を超えることを誓約するものです。(本願は菩薩の色々な働きを表現し、菩薩道に段階があることを意味していますが、曇鸞大師と親鸞聖人はそのような段階を認めておられません。これらは、釈尊から戴いた方便、つまりは慈悲的な方法です。)しかし、親鸞聖人は、本願のねらいはこの世に菩薩が戻ってきて、”数知れない衆生を教化し、…人々が最高の完全な悟りに到達・確立してもらうことだと考えておられます。聖人は、人々の助けになるようにと強調する大乗教の教え、つまり数多の宗派の教義すべてを総仕上げする教え、を浄土教に復活されたのです。曇鸞大師が解釈されたように、この教えの背後に慈悲の理想があるのが分かります。菩薩がこの世に戻るという考えは、宗教信仰の目標が自分本位の救いではないことを示しています。親鸞聖人は和讃の中で歌われています( ここで、普賢菩薩は白い象にまたがり、瞑想と修行並びに慈悲の完璧さを表すシンボルです。):

還相の回向ととくことは

利他教化(きょうけ)の果(か)をえしめ

すなわち諸有(しょう)に回入(えにゅう)して

普賢の徳を修するなり     (僧和讃 #33 (浄土真宗聖典(注釈版)。

頁584.)

(現代語意訳)

還相回向とは、往生成仏の涅槃の結果として、他の衆生を教化し利益する力を得させ、往生者は生死の迷界にたちかえって、大慈悲の行を修するのである。

(名畑応順校注 岩波文庫「親鸞和讃集」. 1976年4月16日、岩波書店). p. 100
教行信証で親鸞聖人は”救い”は自分だけの目標ではなく、利他の為にあることを明らかにされています。 聖人はこのことを教行信証の真仏土巻で更に追求され、信心は究極には阿弥陀仏の真実の報土に往生する結果を生み、つまり、最高・無比な精神性に到達し、仏と一体になるのです。聖人は善導大師の言葉を引用されています。

西方寂静無為の楽には、

畢竟逍遥して有無を離れたり。

大悲、心に熏じて法界に遊ぶ。

分身して物を利すること、等しく

して殊なることなし。(教行信証、真仏土巻)

現代語意訳

静けき無為の都には

有・無のまよいを     離れたり
慈悲のまにまに 身を分けて

仏のごとく世を救う

(教行信証、真仏土巻「世界の名著・親鸞」p357 編集・訳 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行中央公論社)

この二巻とも、親鸞聖人の教えを生き生きとしたものにする利他的な見方を表していることが明らかです。

親鸞聖人は、真仏土巻の冒頭で、「大悲の誓願に酬報するがゆゑに、真の報仏土といふなり。」(現代語意訳、参照:教行信証、真仏土巻「世界の名著・親鸞」p334 編集・訳 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行、中央公論社)(浄土は菩薩の誓願に答えて、その報いとして完成されたものであるから、真実の報仏、真実の報土である。)と言明されています。そのために、阿弥陀仏とその土地はすべての仏国土の中で最高・無上であって、仏陀が無量光および無量寿を持つと誓約する、第十二願と第十三願が成就した結果です。仏の国土に生まれることは、直ちに涅槃と菩提に入ることを意味します。親鸞聖人は次のように述べられています:

ゆゑに知んぬ、安楽仏国に到れば、すなはちかならず仏性を顕す。本願力の回向によるがゆゑに。また『経』(涅槃経・迦葉品)には「衆生未来に清浄の身を具足し荘厳して、仏性を見ることを得」とのたまへり。教行信証、真仏土文類五

(現代語訳)

だから、安楽浄土に至ると、すぐにかならず仏性を現わすことが分かる。それは、本願の力の恵み(回向)によるからであって、また『経』には「人は未来には、おごそかに飾られた     清浄な身をそなえて、仏性を見ることができる」と仰せられたものである。教行信証、真仏土巻「世界の名著・親鸞」p359 編集・訳 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行 中央公論社

対照的に、仮の国、つまり化土があり、これも阿弥陀仏の誓願に端を発していますが、このレベルでの仏陀および国土は、色々な仏の道があることを示し、信者に様々な利点を与えています。親鸞聖人は、これらも、無上の真報仏として阿弥陀仏が、迷った凡夫をそれぞれカルマに応じた信仰目標に至るよう助ける手だてとして化身の仏を送られたという見方をされています。教行信証の第六巻は、よく知られた浄土の伝統での阿弥陀仏への帰依を取り上げています。親鸞聖人は、そのような阿弥陀仏を仏陀を最も深く理解するものではなく、化身の仏と見られています。つまり、これは、本質的には、無量寿の阿弥陀仏の誓願の賜として、仏の慈悲と知恵によって授けられた信心と、阿弥陀仏に向けられた人間の努力と行の功徳としての信心、との対照的な関係です。化身の仏は、浄土から(第十九願)念仏を功徳 として積んできた信者に会うためにやって来られます。しかし聖人は、ご自分の著述全体にわたって、絶対的な他力こそ浄土経のみ教えを真に理解するものとして 強調されています。

結論として、心に留めて置かなければならないことは、親鸞聖人にとって、最終・究極に成就する成果は、それ自身不可思議な人智を超越した世界で実現するのですが、わたしたち人間の感傷と信仰を理解する個人間の差を顧慮して、成果が神話的な言葉とイメージでグラフィックに表されことがあるということです。さらに聖人は他のすべての教えを、仏陀が人々を悟りに導くために使われた方便として見られました。阿弥陀仏は決して人々を地獄に陥れることはありません。仏の誓願のもつ本質上、人がどんなにねじれたカルマに遭遇してきたとしても、結局は悟りに到達することになるのです。親鸞聖人は最も悪い人さえ受け入れ、希望の持てる思いやりのある教えを説かれました。しかしながら、人間の側から見れば、信心の不足と真実の理解に達することでがないと、悟りに達するのが遅れ、人は様々な苦痛の段階を通り抜けなければならなくなります。

カルマ(業)は、仏教の考えでは自分が自分でなす判断としての意味がある一方、阿弥陀仏は誰をも裁きません。つまり、私達は、この世で信じたことと行動で培っているスピリチュアルティ(精神性)のレベルに相応しい来世に生まれるのです。親鸞聖人は悪い運命について思い巡らしません。慈悲の面で、聖人は次のように述べられています:「…世雄の悲、まさしく逆謗闡提を恵まんと欲す。」教行信証、序」(現代語訳、釈迦仏の慈悲が、五逆の罪と仏の教えを誹謗する罪を犯す人たちや、仏になる因(たね)をもたない人(闡提せんだい)たちに恵みを与えようとお考えになったものである。(教行信証序「世界の名著・親鸞」p175 編集・訳 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行 中央公論社)後に次のように述べておられます:「もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん」、そして「聞思して遅慮することなかれ。」(現代語訳)「もしまた、このたび、疑いの網にまといおおわれて、信心をうることができなかったら、また元のように永劫に迷いつづけて行くことだろう。」そして「よく聞き、思いをひそめて、あれこれ疑ってはならない。」 教行信証序「世界の名著・親鸞」p176 編集・訳 石田瑞麿 昭和58年6月15日8版発行 中央公論社)

親鸞聖人のお言葉によれば、仏法に出逢って真実の信心に到達するのはまれです。聖人が時折引用される大経には、「無量寿仏の国は往生しやすにもかかわらず、往く人がまれである」(浄土真宗聖典、仏説無量寿経 現代語版「三十一])とあります.全体的に見れば、親鸞聖人の教えはすべての人類にとって大きな慈悲の心と希望を表しておられます。仏陀の慈悲は私たちを抱いて下さっていても、煩悩に悩まされている私たちの目では見ることができないのです。その真実に目覚めることがあるとすれば、それは命と運命の不可思議がなせるわざです。親鸞聖人は、その生涯を通じてこの驚きと不可思議なことが働いているのを実際に見聞きされ、それでみ心が動かされ、たとえ矛盾に満ちていても、これを明らかにしようと努め、人々と分かち合おうとされました。

本章では、手短に人間が成就することとは何かを親鸞聖人が理解された内容について一般的な要約を試みました。聖人は仏教思想で発展してきた伝統的な考え方に信をおき利用されましたが、また人が死後どうなるかということと、最終的な悟りがどのようにして成し遂げられるかについての質問にもお答えしなければなりませんでした。

現代の世相からして、人々は以上の見解について多くの疑問を持たれるでしょう。しかしながら、仏教は文字通りに解する教義に基づく伝統の教えではありません。

私たちは、親鸞聖人の教えの考え方の背後にある精神および意図を深く掘り下げ、それから、現代の人々を励まし、希望をもたらすようにしなければなりません。

シンボルとして理解すれば、親鸞聖人が概説された宇宙論および宗教的生活に関するお考えから重要なスピリチュアル(精神的)な意味を学び取ることができます。聖人は、真の宗教的信仰は自己中心の感傷的なものではなくて、他の人々と分かち合うよう意味する基本であると説かれ、暗にスピリチュアルな共同社会を意図されております。また、宗教的なシンボルが、たとえ地獄とか苦しみや応報の地のような否定的な面を持っていたとしても、聖人は、このようなシンボルが希望と慈悲を強く表していると示説かれています。これらの否定的なシンボルは、道徳意識が高まる共に宗教の歴史の中で出来上がって来ましたが、時には、あつれきに巻き込まれた時点で報復したいという人々の望みを表しているのです。

親鸞聖人の優れた点は、ご自分が色々な障害や反対を受けられたにもかかわらず、これらのシンボルを持ち出して反対する人達を非難したり、懲罰したりされなかったことです。親鸞聖人の教えようとされていたことは、すべて一人一人が十分にスピリチュアルな可能性を追求し、それによってこの世でも来世でも、平和、平安と調和の世界を築こうということです。